手漕ぎボートで太平洋横断に挑戦していた立尾征男さんが、航海を断念されました。
(5月12日のブログに書かせて頂きました)
【5月26日10時56分配信 読売新聞】
25日午後6時20分ごろ、宮城県の金華山灯台から東南東約1350キロの海上で、手漕(こ)ぎボートによる世界初の太平洋単独無寄港横断を目指していた静岡市駿河区の金属加工業立尾征男さん(66)から田辺海上保安部(和歌山県)に救助要請があり、付近を航行していたクロアチア船籍の貨物船が26日午前1時15分ごろ救助した。
第2管区海上保安本部(宮城県)の発表によると、立尾さんは航海中、横波を受けた際にバランスを崩して左腕を骨折したが、健康状態は良好という。貨物船に乗船して28日朝、茨城県鹿島港に着く予定。
立尾さんは4月21日に和歌山県・三輪崎港を出港。2001年には国内最高齢でヨットによる単独無寄港世界一周に成功している。
以上が新聞記事ですが、怪我での断念だけに、きっと無念だったと思います。
私もほぼ同じ場所で転覆して漁船に助けられました。
幸い、航海を続行できたのは運のよさと、若さゆえの無謀さだったのかも知れません。
年齢的に2度目の失敗ということもあり、再度の挑戦は難しいかもしれませんね。
相当な準備期間があっての挑戦だっただけに、考えさせられました。

30年前、単独太平洋横断中のヨットと私(八丈島東方海上:朝日新聞社撮影)
この10日後、昭和52年6月21日、時化で転覆しました。
私の場合、いざというときのために、マストはそのままにして、セールだけを使えないように封印して航海しました。
転覆後、帰港するつもりで、一度だけ帆を張りました。
その後、再度、封印しましたが、一度帆を張ってしまいました。
だから、私の記録は漕いで渡ったのではなく漂着ですね。
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