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総務企画委員会2日目(岩国基地問題、合併問題がテーマに)

岩国基地問題が、やはり質疑となりました。
国、県と岩国市(井原市長)の考え方、対応に大きな隔たりがあり、早急な解決は難しいと思われます。
「岩国基地については滑走路の沖合い移設など、長年、岩国市と県が、国に協力してきました。その見返りとして、開発事業を中止した愛宕山造成地を国に買い取って頂く」という考え方では合意していています。
しかし、基地再編問題の容認なしで、国が買い取ってくれるでしょうか。
針に糸を通すほどの可能性があれば、努力すると言われていますが、ハードルは高いようです。
しかし、総額251億円の借入金、1年後には、その一部である80億円の返済期日が迫っているという大きな課題があるという現実にも目を向けなければいけません。

合併問題について
大きな市と合併した町村から「合併して良かったと思えることはほとんど無い」という意見が多く、対応策が必要であるとの意見・質問が出ました。
私も同じ感想を持っています。
私は合併後の住所表記について質問させて頂きました。
宇部市と編入合併した楠町は、3つの集落が宇部市船木、宇部市万倉、宇部市吉部という住所表記になり、宇部市楠町船木という表記にしませんでした。
今、私はそのことが残念でなりません。
今からでも住所表記に楠町を復帰させてほしいと願っています。
合併協議会での課題になかったのでしょうか。
このままでは、いずれ「楠」という地名が忘れ去られると同時に、旧楠町としての一体感が消滅してしまうのではないでしょうか。
来春、美祢市と合併する美東町、秋芳町は、そのまま町名を残すことで合意しているとのことです。
美東、秋芳両町は、昨年まで私の選挙区だったこともあり、町議会の皆さんに「町名だけは残してください」と強くお願いしました。
現在、宇部市内でも、住所表記が変わりつつあります。
宇部市西岐波区床波は、宇部市床波となり、西岐波区が使われなくなりました。
私の自宅のある宇部市厚南区第二原は、宇部市大字東須恵○○番地、となり、厚南区や西宇部付近は宇部市大字際波○○番地という表記に変わりつつあります。
パソコンの住所管理ソフトには「厚南区」という地名はなく、「際波」「東須恵」のみとなっています。
第二原、妻崎など、それぞれ部落、集落としてのコミュニティーを大切にしていますが、いずれ、その区切りと名前すら使われなくなるのではないでしょうか。
転居してきた人には、地名が2つあることに疑問を感じているようです。
地区名はそのままにして、地番を地区名の後ろに付ければ、よいと思うのですが、、、。
皆さんは、どう思われますか。


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2007年10月04日 23:26に投稿されたエントリーのページです。

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