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2010年01月 アーカイブ

2010年01月01日

2010年、明けましておめでとうございます。1.1

明けましておめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりました。

「7月21日豪雨災害」により被害を受けられました皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
災害発生後4日間、被災現場を視察しました。
厚東川流域には2.5mの高さまで浸水した家屋があり、護岸かさ上げ、排水ポンプ増設、高齢者世帯へのボランティア支援、個人住宅に対する災害復旧支援などの課題解決に向けて取り組む所存です。
ところで、一昨年からの世界同時不況は地域経済にも深刻な影を落とし、山口県においても企業収益は悪化し、景気・雇用情勢は予断を許さない状況です。
特に高校生の就職内定率は71%という厳しさであり、未来に対する夢と希望を奪いかねません。 
一方では第二期地方分権改革の議論が本格化し、将来的には道州制も避けて通れない課題となるなど、地方は大きな転換期に差し掛かっています。
さらに政権交代による政策転換から国の方向性が定まらず、県の予算編成にも大きな影響と不安を与えています。
さて、5月の臨時議会では文教警察委員会の委員長を拝命致しました。
未来を担う子どもたちの教育や暮らしの安心・安全・防犯対策などの課題に精一杯に取り組み、その役割を果たして参る所存です。
また7月1日には、宇部市の旧・吉部小学校を借り受け、広域通信制・単位制高等学校を開校いたしました。
県内の不登校や引きこもりは1800名、高校中退は年間600名に達し、一方、数年前から高校を卒業しなければ理・美容師や調理師などになることが難しくなり、子どもたちの行く末に不安を感じていました。
小さな高等学校ですが子どもに夢と希望を与える学校づくりに努力して参ります。
初心を忘れず生活者の起点に立ち、自ら行動し「山口県に暮らして良かった」と思える「住み良さ日本一の元気県づくり」を目指します。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
新しい年が皆さまにとって素晴らしい年でありますよう願っております。

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「子どもたちの、この笑顔を守りたい」
子どもの笑顔は、その国の心の豊かさを表す鏡だと思います。


2010年01月13日

以西底引き網漁船の行方不明事故(同型船に乗船)1.13

36年前20歳のとき、私はまったく同型の以西底引き網漁船に、2ヶ月間乗船していました。
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(行方不明になった第2山田丸)

1月12日午前4時半ごろ、長崎県五島市・福江島の北西約85キロの海上で、長崎市の山田水産所属の以西底引き網漁船「第2山田丸」(113トン・10人乗り組み)が行方不明になりました。
現場付近で無人の救命いかだが発見され、7管は転覆するなど遭難した可能性が高いとみて周辺海域を捜索しています。
第2山田丸は長さ33・6メートル、幅6・8メートル。日本人4人と中国人6人が乗船していたとのことです。
真冬の海での遭難は残念ながら、絶望的とも言えます。しかも、この寒波です。
私はテレビで遭難した漁船の写真を見て、びっくりしました。
20歳で宇部高専を卒業した後、「ヨットによる単独太平洋横断」という夢を実現するための資金稼ぎと航海術を学ぶために、福岡に本社のある㈱トクスイの以西底引き網漁船「第11徳広丸」に乗船しました。
今回遭難した「第2山田丸」と同型の漁船でした。
色も形も同じ船です。
113トンの船に当時は12名乗船していました。
黄色の船首操舵室(ブリッジ)下には乗組員の居室があります。
居室といっても、蚕棚のような狭い空間で、寝台列車のベッドと同じくらいの空間しかありません。
底引き網漁船のため、エンジンの馬力は非常に大きく、また悪天候に備え喫水は深く、余程の事がない限り、転覆する構造ではありません。
当時の状況はわかりませんが可能性があるとすれば、船首が波で持ち上げられたときに、思いもかけないような高波が船尾から襲ってきた場合、もしくは船を回頭するとき大きな高波が襲った場合です。
私が乗船した頃は、冬場の漁の獲物は高値の大正海老でした。
1ヶ月くらいの漁で、船員は70~100万も給料をもらっていました。
当時の大卒の初任給は6~7万円ですから、凄い稼ぎです。
だからこそ、相当無理な操業をしていました。
私は2ヶ月で業船から降り、次に北海道を中心に重油やガソリンを運搬する国内航路の油タンカーに乗船しました。
500トンから1000トンくらいの船でしたが、冬の北海道も厳しい航海の連続でした。
船首の手すりは雪と寒風で海水が、直径15センチくらいに凍りつき、また新潟港では一晩で80センチの降雪も経験しました。
約3年間の船員生活で350万円のお金を貯め、ヨットを作り、昭和52年5月、手作りヨットによる単独太平洋横断に出航しました。

今は「第2山田丸」のご無事を祈るばかりです。

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