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2009年09月 アーカイブ

2009年09月02日

学位論文(工学博士)を提出しました。 8.31

8月12日、日本建築学会の2つ目の論文採用が決まり、8月31日、山口大学大学院係に審査用の学位論文(工学博士:安全環境工学分野、防災対策)5冊を提出しました。 学位を志して7年目、やっと夢が叶いそうです。
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学位論文の題目は
『大災害を想定した早期設置型「戸建てシェルター」の開発と評価』
(Development and Evaluation of Sectional Compact Emergency Shelterfor Early Supply in The Great Disaster)
総頁数はA4版で150頁です。
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一般公開のために県庁議会棟前に搬送された早期設置型「戸建てシェルター」の試作品
(組立て前は幅2.2m長さ2.5m、高さ0.8mの箱状)
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組立後は、室内にベッド4、テーブル、トイレ、シャワー、冷蔵庫、台所が備わった戸建てシェルターになります。組立て時間は約45分。解体は約30分。組立作業にクレーンは必要ありません。
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新潟県中越地震発生後、被災地である小千谷市に搬送設置された戸建てシェルター。災害ボランティアの青年たちが、1ヶ月居住実験を兼ねて生活しました。

既に、学位論文の予備審査は、昨年6月に合格しているので、今回は本審査用の論文です。
これから教授会の審査、公聴会がありますが、早ければ10月にも学位(工学博士)を受けることが可能だそうです。
しかし、担当教授で工学部長の三浦房紀先生から、「来年3月、本校で授与された方が感動的だから」との意見を伺い、半年、待つことにしました。

大学院で防災対策の勉強と研究を始めて、9年目なりましたが、あきらめないで良かったです。
平成12年 9月:山口大学大学院理工学研究科、博士前期(修士)課程入学
           環境共生工学専攻(防災システム工学分野)
平成14年10月:同上 博士前期(修士)課程修了
平成14年 9月:山口大学大学院院理工学研究科、博士後期課程入学
       環境共生工学専攻(安全環境工学分野)
平成20年 9月:同上 単位取得退学

博士課程に入学して、7年目。
普通なら3年間で修了ですが、社会人は時間的に厳しいですね。
我が家は大学生が、私を含めて3人、たいへんな出費でした。
すべて、大学院の授業料を支払うことに理解をしてくれた妻のおかげです。
9月3日は妻の誕生日、お礼をしなければいけません。

【大学院を志した動機】
平成7年、阪神淡路大震災が発生し、6000名の死者を出す大災害となりました。
そして平成11年、台風18号による高潮災害で、宇部市、特に宇部空港や西岐波地区は大きな被害を受けました。
平成11年末、「これからは、地震や台風まど自然災害の多発時代が来るのではないか」との予感から、「本格的に災害対策を学ぶべきだ」と思って、山口大学の入試係を訪ねました。
「私は宇部高専の機会工学科の出身ですが、山口大学の社会建設学科に入学したい」と話し、社会人入試による編入についてお願いしました。
しかし、「学科が違うため、全日制での編入学は認められない」と言われ、結局、夜間の学科を受験することになり、合格しました。
工学部の夜間3年生への編入学が決まり、3月に入学手続きを行うために大学に行くと、偶然であった先生から、「岡村さん、入学するのは、ちょっと待ちなさい。入学規則が変わったので、半年待って、大学院に入学したらどうですか」と言われて、びっくりしました。
「私は高専卒ですよ。2年、飛び級ですか。」
「岡村さんは1級建築士、1級土木施工管理技士ですよね。しかも、防災で論文も提出している。たぶん、大学卒と同等の資格として認められます。」
そのあと、防災工学の三浦房紀教授からも声を掛けられ、「どうせなら、私の研究室で、防災対策を研究しませんか」と勧められました。
6月の大学院を受験申請を出しました。
「1級建築士であること」
「防災対策で一度、論文を発表していたこと」
「『子どもをダメにしない住まい方』などの建築関係の本を出版していたこと」
で、大学卒業と同等であると認められ、大学院への受験資格を頂きました。
8月に、英語と面接の入学試験を受験し、合格。
平成12年10月に大学院に入学し、当時、市議会議員ではありましたが、2年間で修士課程は修了することができました。
博士課程進学までは考えていませんでしたが、三浦先生の勧めもあり、進学しました。
県議会議員に当選し、急に忙しくなり、なかなか大学には通えなくなりましたが、何とか3年間で学科単位だけは取得しました。
問題は日本建築学会の査読論文です。
メジャーな学会で、A級論文が2つ採用されなければ、大学に学位論文は提出できないという規程があります。
日本建築学会に初めて提出した2つ論文は、1つは不採用、もう1つは再査読。再査読だった論文はすぐ修正を加えて採用されました。
あと1つですが、これが苦労の始まりでした。
再挑戦した論文は、再査読のあと、不採用。
昨年、再度提出した論文は、またも再査読。
しかし、たぶん採用されるだろうとの予測で、三浦先生とも相談して、大学院係に博士論文の予備審査申請を提出しました。
予備審査は無事、合格しました。
肝心の査読論文の採否通知は、12月24日、クリスマスのイブに届きました。
妻が「お父さん、クリスマスプレゼントが届いたよ。」と笑顔で持ってきたので、おそるおそる開けてみると、なんと不採用。
さすがに2回連続の不採用には、落ち込みました。
今年に入って、再挑戦を決意し、3月に査読論文を日本建築学会に提出しました。
5月再査読通知、そして8月12日、ついに採用通知が届きました。

総選挙と子ども自然キャンプ(4泊5日)で忙しい時期だったので、本論文は9月に入ってからと軽く考えていました。
しかし、大学院に問い合わせると、「単位取得退学から1年以内に論文申請を大学院係に提出しないと、単位認定博士による申請ができなるとの規程があり、、8月31日までに出してほしい」との返事。
25日、阿蘇でのキャンプから帰って、昼間から夜にかけては河村官房長官の選挙応援、深夜は論文書きの毎日。
予備審査用の論文を書いていたおかげで、30日深夜、やっと仕上がりました。
31日は朝から事務所の職員にも手伝ってもらい、まだ、湯気が立っているような状態の学位論文を5部作り、午後4時に大学院係に提出しました。
これから、審査会や公聴会がありますが、大きなトラウマがとれ、ホッとしています。
振り返ると、やはり妻に感謝。三浦先生、村上先生に感謝ですね。

【学位論文要旨】
大災害を想定した早期設置型「戸建てシェルター」の開発と評価
(Development and Evaluation of Sectional Compact Emergency Shelter
for Early Supply in The Great Disaster)

阪神・淡路大震災では、6千名を超す犠牲者を出す大惨事となり、兵庫県では避難所1,153か所に約32万人の被災者が避難した。必要とされた応急仮設住宅は約5万戸だったが、1か月後に建設された応急仮設住宅は1,250戸であり、7ヶ月たった8月11日までに完成したのは4万8,300戸だった。特に市街地では敷地の確保が難しく、応急仮設住宅が自宅から離れたところに建設され、自宅の修理などに支障をきたした事例もある。また、復興の初期の過程において、自力で従前居住地に住宅・店舗・工場の建設に取組んだ被災者もいる。
現在使用されている応急仮設住宅は、軽量鉄骨で骨組みを組立てて外壁を形成する方式と、コンテナハウスを現地で連結する方式の2通りがあり、災害の規模にもよるが、2000年鳥取県西部地震の日野町や2000年北海道有珠山噴火の虻田町では被災後約20日、また新潟県中越地震では被災後約30日で最初の入居が可能になり、3,460戸の建設に2ヶ月を要した。
また、既存の応急仮設住宅では、大規模な災害が発生した場合には、建設場所・資材置き場の確保、建設日数の長期化、大工等の作業員およびその宿泊場所確保などの観点から対応できないという問題もある。
避難所生活は被災者の孤立化を防ぎ、情報を共有できるなどの利点もあるが、プライバシーのない生活を強いられ、心身の健康に影響を及ぼし、自家用車等での窮屈な生活によるエコノミー症候群も問題となっている。
既往の研究においても、応急仮設住宅や復興住宅の建設に当って、避難所からの早期開放、従前居住地近くに居住すること、住宅復興の選択肢を増やすことの重要性を指摘している。
本研究では緊急避難施設の選択肢の1つとして、従前居住地である被災した自宅そばに設置し自宅の修理など、住宅復興支援の選択肢として、避難生活からの早期開放と住宅の復興を支援する対策として災害発生後、被災地に配送し、早急に居住可能となる小型の「早期設置型の戸建てシェルター」の開発を行い、アンケート調査と居住実験により、その居住性に関する検討を行い、その活用方法を提案することを目的とした。
まず、過去約20年間に地震や台風、津波により、甚大な被害を受けた国内の7市町おいて設置された避難所と応急仮設住宅を調査した。調査分析結果に基づき、戸建方式の災害用「早期設置型の戸建てシェルター」の必要性を確認し、備えるべき諸条件を把握し、「早期設置型の戸建てシェルター」の開発を行い、模型および試作品による実証とその運用に関する研究を行った。
開発・検討の過程において模型を6戸製作し、また原寸大の試作品5台を製作した。
「早期設置型戸建てシェルター」の必要性と居住性、活用方法を検討するため、宇部市で試作品による組立て・解体の公開実験と市民へのアンケート調査を行い、2004年11月、新潟県中越地震で被災した新潟県小千谷市に搬送し、同様のアンケート調査を行った。 
居住実験は小千谷市に設置し、災害ボランティア等を被験者として、1ヶ月間の冬季居住実験を行い、2006年7月~8月、山口大学工学部(宇部市)のキャンパス内に設置し、学生を被験者として夏季居住実験を行った。さらにアンケート結果と居住実験を評価検討し、新規・組立て式戸建てシェルターを試作し、居住実験を行った。
その結果得られた主な知見は、以下の通りである。
1)アンケート結果により、小千谷市と宇部市では、災害に対する意識の違いから、戸建てシェルターの必要性、使用限界日数、求める住宅設備にも、差があることがわかった。
避難所生活の限界日数より、戸建てシェルターの限界日数の方が長いことから、住民の期待に応えられる可能性が示された。また、避難所生活の不自由さとして、プライバシー、睡眠、食事、入浴、不安感などが課題となるが、戸建てシェルターはプライバシー、睡眠、食事などの課題を改善できることがわかった。
2)居住実験から、試作品は輸送に耐え、数週間の避難施設としての役割を果たせることが確認できた。しかしながら、本体構造の剛性、防火対策の必要性、組立て方式の簡素化、床面積の狭さに起因する問題点も明らかになった。
3)新規戸建てシェルターの開発では、上記2)で指摘された問題点を解決するとともに、火災からの安全性、また余震対策等に対する強度も考慮し、構造材料を軽量鉄骨にし、壁・屋根材も鋼板製に変更した。居住実験により、設備・居住性について改善されたことが確認された。
4)戸建てシェルターは基本的な生活のための居住性を有しており、さらに連結可能であることから、障害者や高齢者、大家族にも対応できる。全国に分散して備蓄することによって、災害時での早期設置が可能となり、戸建てシェルターの実用性は高いものと思われる。
以上のことから、戸建てシェルターは既往の研究で指摘されている3項目
①避難所生活からの早期開放
②従前居住地近くに居住すること
③住宅復興の選択肢を増やすこと
を満足するとともに、被災直後の避難施設の選択肢の一つとして、有効であることがわかった。


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