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2008年06月 アーカイブ

2008年06月01日

琴碕八幡宮清掃奉仕(修養団宇部市連合会) 6.1

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修養団宇部市連合会では、毎年6月1日と12月1日の早朝、琴碕八幡宮清掃奉仕を行っています。
今回は、宇部フロンティア大学の学生や宇部市水道局の青年、宇部興産、宇部日報社からもご参加いただき、25名で実施しました。
「街がきれいになれば、心がきれいになる。心がきれいになれば、安らぎのある、さわやかな街になります」
次回は12月1日午前6時30分からです。

12月21日に「宇部市街頭清掃奉仕」を午前10時から行います。
毎年、400名の市民のみなさんが参加されます。

先日の総会で、修養団宇部市連合会の会長を勤めることになり、蔵澄静江さんが事務局長に就任しました。なお、岡村は本部理事、蔵澄さんが本部評議員になることも決まりました。

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八幡宮の境内には修養団宇部市連合会の「愛汗黒板」があります。
毎月1日に、妻が「今月の言葉」を書いています。

考えてみれば、私が事務局長を受けてから、妻の役割になりましたから、10年間続いていることになります。
私が書いてもいいのですが、字が特徴的(下手)なので、、、、。


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「琴崎八幡宮」の正式名は「琴碕八幡宮」です。
写真に撮って、初めて知りました。

2年ぶり、ゴルフに挑戦 6.1

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M.N会のゴルフ大会に誘われ、2年ぶりにゴルフに挑戦しました。
「最低2.3日は練習をしてからでないと、大恥をかく」と思いながら、忙しくてその暇もなく、結局、ぶっつけ本番。
場所は、難関と言われる宇部カントリークラブの「江畑池ゴルフコース」。
難しいコースだそうで、「岡村、お前には早すぎる。ボールは2ダース持っていけ」などと言われていました。
「一緒に回る人に迷惑をかけてはいけない」と思いながらのゴルフでした。
しかし、私にとっては、過去最高にいい記録がでました。
緊張感がたいせつですね。
練習なしで挑戦して、失ったボールはわずか3個。
表彰式では賞品まで頂きました。

ちなみに私は超ビギナーで120を切ったことがありませんでした。
その私が115。
お祝いをしなければいけません。


2008年06月05日

ついに帰ってきました(ツバメ物語) 6.5

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半ば、あきらめていたツバメが帰ってきました。

初め、オスらしき1羽が、丼の上に1週間もとまっていたのですが、ついに恋人を連れてきました。
毎日早朝、2羽で仲良く巣作りをしていますが、昼間はどこに行ってしまったのか姿を見せません。
夜も他の所で寝ているようです。
朝になると戻ってきて、再び巣作りです。
産卵の時期がくれば、うれしいのですが、、、。
今年こそ、巣立ちが見たいものです。

将来、「ツバメ物語」(苦難の巣作り)という題名で絵本か写真集をつくるつもりです。

2008年06月07日

衆議院議員「河村建夫」政経セミナー 5.7

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衆議院議員「河村建夫」先生の政経セミナーが宇部全日空ホテルで開催され、伊吹自民党幹事長の講演がありました。

講演会の冒頭、伊吹先生が「参加費1万円で、料理も出ないのに、800名が集まるのですから、凄いですねえ。河村先生は、、、。」などと発言されましたが、確かにそうですね。
私が同じことをすれば、石を投げられそうです。
伊吹先生によれば、河村先生は選挙に強い議員の10名以内に入るそうです。

ところで気になるのは、衆議院の解散時期。
「まもなく」「まもなく」と言いながら、1年以上が過ぎました。
ひょっとすると、任期満了まで解散はないのではと思います。
自民党にとっては後期高齢者医療制度など、強い逆風が吹いています。
確かに問題点の多い制度ですが、民主党も廃止法案を提出し可決するなら、素晴しい対案を示してほしいですね。

2008年06月08日

第65回自由民主党山口県連定期大会 6.8

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第65回自由民主党山口県連定期大会が山口市のホテル「ニュータナカ」で開催され、山口県内より400名が出席しました。
昨年の参議院選挙、そして衆議院山口2区の補欠選挙の敗北など、厳しい状況だけに、これからの奮起を期待する声が聞かれました。
私は山口県連の副幹事長として、司会を仰せつかり、午前中に行われた役員会、午後の定期大会、そして、知事選挙の総決起大会まで、約3時間にわたり、緊張の連続でしたが、無事終了しホッとしました。
心地よい緊張感でした。
司会より講演のほうが気がらくですね。


山口県知事選挙総決起大会 6.8

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知事選挙は7月17日告示、8月3日選挙の予定です。
先日の新聞で、興味・関心のある選挙は?というアンケート調査で、衆議院解散総選挙は70%で、知事選挙はわずか3%だったそうです。
盛り上がりにかけそうな選挙情勢です。
私は選対の行動責任者として、選挙カーに同行することになりそうです。


2008年06月11日

宇部市準倫理法人会「倫理経営講演会」 6.11

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宇部市準倫理法人会主催の「倫理経営講演会」 に参加し、(社)倫理研究所・常任理事の中西浩先生の講演を伺いました。
演題は「日本創生の心」(繁栄の倫理)。

話の中で、「良妻とは」という話があり、その条件を5個挙げられました。
1.健康な人
2.まじめな努力家
3.地味な人
4.人に好かれる人
5.美人でないこと(愛嬌のある人)

我が家の妻は、、、、、、。
「岡村は、嫁さんでもっている」と私はよく言われますから、、、、。
私は評価する立場にありませんね。

素晴らしい講演会でした。

2008年06月26日

「私自身が経験した犬吠埼東方海上での転覆事故」

27日午前10時より、山口県議会一般質問の冒頭で話す予定の文章です。
インターネットで生中継されています。

「私自身が経験した犬吠埼東方海上での転覆事故」

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6月23日午後1時30分、千葉県犬吠埼の東350キロの太平洋で、巻き網漁船「第58寿和丸」135トンが転覆し、4名が亡くなり、13名が行方不明となる海難事故が発生しました。
この海域は南東からの黒潮と、北からの親潮がぶつかりあい、三角波ができ易く、世界の難所の一つとなっています。
昭和43年、全長200メートルの巨大鉱石運搬船「ぼりばあ丸」が、真っ二つに折れて、沈んだ場所でもあります。
私は31年前、昭和52年、手作りヨットによる単独太平洋横断中、一度、ヨットが転覆しました。
第58寿和丸が転覆した2日前の6月21日、ほとんど同じ海域でした。
当時、朝から海は時化ていましたが、それほど、大きな波はありませんでした。
午後から雨が降り出し、私はデッキに出て雨で身体を洗い、船内に戻った直後、突然、右舷側から、ゴーッという大きな波の音がし、ドッガンという強いショックがあった次の瞬間には、天井に四つん這いになっていました。
ヨットが転覆したのです。
私は次の波で、すぐに起き上がると思っていましたが、5分待っても起き上がる気配がありません。
海水がヘソの辺りまで入ってきたとき、ついに諦めました。
ハッチを開けて船外に脱出し、救命ボートを膨らませて、乗り込んだ直後に、ブツンというショックを受けました。
何か分からずに、SOS発信機の用意をしながら振り返ると、何とヨットは船尾を少し持ち上げた形で、起き上がっていました。まるで神様を見たような気になりました。
ところが、ブツンといった音は、ヨットと救命ボートをつないでいるロープが切れた音でした。
ボートはどんどん流されていきましたが、なぜか、15メートルくらいで、ピタッと止まりました。
細い1本のロープがヨットとボートに絡まっていました。
ゆっくり切れないように手繰って、ヨットに戻ったとき、「生かされた」と思いました。
バケツで3時間かけて水をかい出しました。
時計は午後3時9分を指して止まっていました。
船内は足の踏み場もないような状態でしたが、まだ航海を続ける気力だけはありました。
しかし翌朝、船体の点検をしてみると、一晩でバケツ3杯の海水が、漏り、船底に溜まっていました。
結局、諦めて、日本に帰る決断をしたとき、目の前に神様が現れました。
一隻の漁船がゆっくりと近づいてきたのです。
茨城県のカツオ漁船「第11祥天丸」です。私は食料やラジオと共に「がんばれ」とのエールを頂き、航海を続けることができました。
ヨットが転覆した夜、母は、私がヨットの中で寂しそうにうずくまっている姿を夢で見たそうです。
悪い予感がしたのだと思います。
その翌朝、母の手許に、私のヨットがひっくり返ったという電報が届きました。
その電報を受け取ったときの母の気持ちを考えると、とても耐えられなかったと思います。
以来母は、友達から「お百度参りをしたら」とか「願掛けをしたら」と言われると、言われるままに、何でもしたそうです。
そうしなければ、私が死んでしまうと思ったそうです。
そんな苦労が祟ったのだと思います。
私が無事に帰った姿をみて安心したのか、帰国して1ヶ月後、母はついに倒れ、3ヶ月間、日赤病院に入院しました。私のせいだと思っています。
お陰さまで母は83歳になりましたが、今も元気です。
多くの方々の願いと祈りのおかげで、私は太平洋を、無事横断することができました。
今、行方不明で、安否が気遣われている方々の、身内の皆さまも、きっと母と同じ気持ちだと思います。
無事を祈らずにはおれません。

(亡くなられた方々には、心よりお悔やみを申し上げます。)

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